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明治中期
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大日本医会、愛知県医会、宝飯郡医会(それぞれ医師会の前身)傘下に、東宝医会(宝飯郡東部地区)があり、この地域の医会(医師会)活動が始まる。
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大正9年
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宝飯郡医師会(会長:菅原幸佐)が発足する。
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大正15年
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医師会令(県令)に基づいた宝飯郡医師会(会長:菅原幸左)に改組される。
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昭和17年
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法令の改正により、従来の宝飯郡医師会(会長:戸苅賢輝)は、愛知県医師会宝飯郡支部(支部長:戸苅賢輝)となる。
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昭和18年
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宝飯郡内の3町(豊川、牛久保、国府)1村(八幡)が合併して、豊川市が誕生(6月)したのに伴い、愛知県医師会宝飯郡支部から豊川支部(支部長:戸苅賢輝)が分離独立(12月)する。
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昭和22年
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豊川市医師会(会長:宮地幾也)と宝飯郡医師会(会長:宮田朋一、東部班長:磯部専一)が、戦後の新制医師会として再出発(11月)する。
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昭和29年
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宝飯郡内2町(蒲郡、三谷)1村(塩津)が合併して、蒲郡市が誕生(4月)したのに伴い、宝飯郡医師会(会長:池沢淳)から蒲郡医師会(会長:宮田朋一)が分離独立(5月)する。
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平成18年
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豊川市と宝飯郡一宮町との合併(2月)を機に、昭和18年以来分離していた豊川市医師会と宝飯郡医師会は再び合併(4月)し、豊川宝飯医師会(会長:大野和美)となる。
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平成22年
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豊川市と宝飯郡小坂井町との合併(2月)に伴い、豊川宝飯医師会は再び旧称に戻り、豊川市医師会と改称(4月)する。
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